Wednesday,December 04, 2024

「受動的な受け入れ」からの脱却に向けまずはターゲット層の明確化を

「受動的な受け入れ」からの脱却に向けまずはターゲット層の明確化を

ホテルのインバウンド対応で抑えるべきポイントと今後取り組んでいくべき施策、インバウンド需要を見込んだホテル投資・開発の傾向と対策について考える。
これまでデロイトトーマツ FASにおいてホテル業界に対するAM業務に携わり(2013年末に退職)、かつては自らホテル運営会社を創業した経験も有する財団法人宿泊施設活性化機構 事務局長の伊藤泰斗氏にお話をうかがった。

インバウンド需要を取り組む際の2つの大前提

前提1 インバウンド集客のメリットは「稼働の安定化とADRの底上げ」である

宿泊施設がインバウンドを集客する最大のメリットは「稼働の安定化とADRの底上げ」である。日本人宿泊客の需要だけでは埋まらなかった2月の閑散期が春節効果で高稼動になっているのはその典型例であろう。加えて各国によって繁閑期が異なる。つまり、それぞれの国の繁盛期を上手く組み合わせたマーケティングを行えば、宿泊施設を一年を通じて繁忙期にすることも可能となる。
稼動の安定化が図られたのちには、収益最大化のためにも「客室単価をどれだけ引き上げれるか」が、市場発展の上でも重要なポイントとなる。「各国のグローバルブランドホテルにおける価格を比較してもわかる通り、日本の客室単価はこれまであまりにも安すぎたともいえる。過度な低価格競争から脱し、世界水準にまで価格設定を上げることが、今後の宿泊施設業界の第一歩となるだろう」。

前提2 「インバウンド客専用」にしないのであれば日本人ビジネス客離れを起こさない施策を

伊藤氏は「訪日観光客を集客するうえで注意すべきなのは日本人と外国人(インバウンド)、そしてビジネス・レジャー客それぞれの比率だ」と語る。
インバウンドレジャー客が予約をし始めるのは宿泊日の45日前、インバウンドビジネス客が10日前、日本人ビジネス客が4日前と続く。収益の安定化にはリピーター獲得が不可欠である。伊藤氏が独自に複数の宿泊施設を検証した結果、20%のリピーターにより67%前後の収益がもたされていることが判明しているという。
上で挙げた4属性のうち、リピーターになり得るのは「日本人ビジネス客」のみである。自施設を「インバウンド客専用」と割りきってしまうのであれば話は別だが、早期に予約が確保可能という理由からインバウンド客ばかりを受け入れると、直前に予約する傾向にある日本人ビジネス客からは「このホテルはまったく予約できない。他の施設を常宿として選ぼう」と選択肢から外されてしまう危険性が高まってしまう。このような機会損失を避けるためにも、自施設にあわせた顧客ポートフォリオを決めたうえで、計画的な集客活動を行うことが重要である。

ゲストポートフォリオの理想型のひとつ

「収益向上に資するおもてなし」とはどういうことか

日本の観光業界の強みを指す概念として「おもてなし」という言葉がよく使われている。しかし、これは基本的な機能が充実してこそ成立するプラスアルファの要素である。そして伊藤氏は、「日本のホテルは、残念ながらまだまだこの『基本的な機能』が十分に備わっているとは言い難い」と指摘する。
同氏が”備わっていない基本的な機能”として真っ先に挙げるのは「空港と宿泊施設を結ぶ足」だ。LOCの普及により、深夜に空港に到着する観光客が多くなったにも関わらず、22時以降は両替カウンターが閉まっている、日本円の手持ちがなければ、まず公共施設の利用が困難であることが認識されているのであろうか。そうした際、ウェブサイトの表記ひとつ取ってみても、ただ空港からのアクセス方法を掲載するだけでなく、インバウンド客の視点・ニーズを汲み取ったうえでケースを把握し、情報を整理して記載することが満足度向上に繋がる。
それでは「収益向上に資するおもてなし」とはどういうことか。伊藤氏は「まずは『どの国のどんな層をターゲットにするのか』を明確にし、当該国からの旅行者の趣味・傾向にあわせた対応が必要となる。その際にはPR活動も重要だ」と語る。
PR活動とは、海外旅行博への出展や、海外旅行代理店への営業だけを指すのではない。多くのホテル事業者が着手し始めた「公式サイトの他言語化」の一環としてできることも多い。「例えば中国人に対して『コンビニまで徒歩5分』などと謳っても訴求力は低い。しかしこれを『プレミアムロールケーキで人気のローソンまで徒歩30秒』と言い換えるだけで大きな反響を呼び、稼動が飛躍的に向上することがある」(同氏)。
実はいま、中国のブログやSNSでローソンが販売している「プレミアムロールケーキ」が大きな話題となっている。コンビニまでの行き方一つを取っても集客の勝敗を分ける要因となるのだ。そのためには、ターゲット層が何を望んでいるのかを見定めるための定期的なマーケティング活動も重要だ。

インバウンド向けホテル3タイプの今後の傾向と対策

タイプ1 ゲストハウス/ホステル型(低価格等)

料飲で稼ぎたい場合は付加価値づけが必須

最近は雨後のタケノコのように開発されるイメージもあるが、1棟ごとのベッド数はそれほど多くない。3,000~3,500円の低価格帯で開発するなら当面存続し得るだろう。しかし、宿泊に加えて料飲で稼ごうとするビジネスモデルも散見されるが、これには慎重な姿勢で望むべきだ。料飲は宿泊特化型という業態が生まれるなかで、ホテルが効率化の観点からむしろ削ってきた部分である。これを収益の一部に見込もうとするならば、その付加価値付けも含め、それ相当の努力が必要となる。

タイプ2 外国人特化型ホテル(中価格帯)

当面は安泰。客層の過剰な絞り込みには注意を

最近の例では、ザイマックスが開発する「からくさホテル」などがこのタイプに該当する。このビジネスモデルは今後少なく見積もっても10年は持続するだろう。昨年の中国からの訪日客は約500万人となった。中間層の増加ペースを考えると、この数はあっという間に倍増することは確実な情勢である。よほど間違った立地やプロダクトを選択しなければ、投資資本の回収期間を5年程度においても十分な利益が見込めるのではないだろうか。ただ、客層を絞りすぎると、経済的もしくは政治的な問題で稼動にブレが生じることに注意が必要である。

タイプ3 超ラグジュアリーホテル(高価格帯)

事業化は困難だが成功すれば市場独占も

このタイプは日本に足りないカテゴリーと言われており、ようやく成立する見込みが出てきた。日本はアジア諸国の超富裕層たちから注目されており、すでにリピーターも増加しているが、彼らが満足しうるクオリティのホテルが極端に不足していることが議題となっていた。この課題をクリアする上で、2つの障壁がある。一つはプライベートジェット機の受け入れ解禁度合い、もう一つは日系オペレーターの日本人客集客への執着である。「戦後日本は長らく”一億層中流”の価値観が続いたため、例えば1泊280万円といった超高価格帯の客室は日本の富裕層相手でも受け入れられにくいだろう。海外企業との提携などを含む徹底的なマーケティング、そして日本人客を捨てる覚悟が必要だ、だが成功させるのが難しい領域だからこそ、成功すれば日本のフラッグシップとして超ラグジュアリー需要を独占できる可能性も高い」(伊藤氏)。